カフカ短篇集 池内紀編訳 岩波文庫

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中井正義著「大岡昇平ノート」によると大岡氏は「最後には私小説が残るのではないかと考えていた」と書いてありました。読者のわたしは、ここで言う私小説、大岡氏の射程には心境小説(志賀直哉)である『城の崎にて』が含まれるのではないだろうかと考えました。『野火』の中で、登場人物にドストエフスキーを思い出させていますが、比島での散策中ですので非日常での記憶です。単に其の固有名詞が出てくるだけですので読書感想は一切綴られていません。安部公房氏の好きな言葉でいう「逆照射」の効果があります。氏はかつてテヘランのニュース映像に瓦礫の中にドストエフスキーの表紙が映っていたと衝撃を述べています。最近では著名作家が「文学は何の役に立つのか」とう言う本を岩波書店から出版していますが、『野火』の兵隊や安部公房氏の思い出話ではドストエフスキーの著作に実用的な詮索は控えています。戦場でただ思い出したというそれだけのはなしです。トマス・ピンチョンも『スローラーナー』という作品にヘミングウェイという固有名詞をひと言だけ作品に登場させています。同じく実用的な読書感想は一切ありませんでした。

スタンダールのエゴイティズムは、かかる客観を発見した。といふのは、スタンダールは、自分の精神のはっきりした形(ほとんど人間の肉體のやうな)で見ることができた、といふことである。(中略)しかし近代的な主観主義は、精神の相貌を茫洋としたものに變へてしまひ、誰もナルシスの水に映る影をはつきりとつかめず、はては心理の無限の沼底に埋もれてしまうやうになった。

           三島由紀夫

この様に指摘し三島氏はサルトルも「實存は本質に先立つ」「主體性から出発せねばならぬ」と述べていることを紹介しています。

#ノーモアーぬかるみ(トマス・ピンチョン著スローラーナー)

#「パルムの僧院は冒険小説か」大岡昇平著

左記の通り大岡氏は私小説(あるいは自然主義)が残ると述べていますが、こん日では退廃芸術(デカダンス)がそれに当たるようです。西村賢太氏の日記が角川文庫より発売されました。漱石や鴎外の高踏派は当時の自然主義から批判されました。同じ様に批判はされませんが、それほどに(気が付かないほどに)主流本流となっているのでしょう。そのために「文学は何の役に立つのか」という本も作られるようになってしまったのでしょう。

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