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崇峻天皇御書(三種財宝御書)他 十五編 日蓮大聖人御書講義 第24巻

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崇峻天皇御書(三種財宝御書) 第33代・崇峻天皇は、甥である聖徳太子に自分の相を占わせました。太子は『あなたには人に◉される相(目に赤い筋)があります。これを免れるには【忍耐の鎧】を着て、道徳を保つしかありません』と忠告します。天皇はしばらく耐えていましたが、ある日、献上された猪の子の目を短刀で突き刺し『いつか憎いと思う奴をこのようにしてやりたいものだ』と独り言を言いました。その場にいた聖徳太子は『あぁ、天皇は自らを害する剣を言葉として収めてしまった。この言葉は必ず人に漏れて災いとなる』と嘆きました。はたしてこの噂を聞いた権力者の蘇我馬子が『天皇は私を殺そうとしている!』と危機感を抱き、東漢直駒(やまとのあやのあたいこま)という刺客に崇峻天皇を殺害させたのです。大聖人はこの悲劇を引用した後に、『だから、思うことを簡単に口にしてはならない(思ふ事をばたやすく申さぬぞ)』、【教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ!】と続け、どんな苦境であっても賢明で誠実な振る舞いを貫くよう四条金吾に教え諭されています。 ●日本初の女性天皇を生んだ崇峻天皇の"ある失言" 聖徳太子も崇峻天皇の言葉に驚いた!他愛のない悪口が命取りになろうとは、崇峻天皇も思わなかったであろう。崇峻が殺害されたことで、非常に困った状態に陥った。天皇の地位は、兄弟相続が原則であった。欽明天皇の後は、その息子の敏達→用明→崇峻と皇位は継承されていた。ところが、崇峻を殺したことで、もうその兄弟がいなくなってしまった。欽明の孫の皇子たちはいずれも亡くなっており、最年長は19歳の用明天皇の子・聖徳太子であり、即位するには若すぎたと述べる。当時、39歳の皇后炊屋姫尊は、群臣たちから即位を依願される。 推古天皇は、父が欽明天皇、母が蘇我稲目の娘(蘇我氏の血筋)であり、さらに先代の敏達天皇の皇后であったため、皇統の権威と蘇我氏・皇族双方をまとめるのに最もふさわしい血筋だった。 が、前例がないこともあって再三辞退したが、最終的に引き受けた。こうして日本初の女帝・推古天皇が即位した。同時に、聖徳太子が皇太子となり、推古を補佐する摂政の職についた『日本書紀』 ●以後、天皇の娘であり皇后である人物が、適当な男性の皇位継承者がいないとき、中継ぎとして即位するシステムが始まることとなった…。 御覧頂き、有り難う御座いました。

5時間前

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